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熊本地方裁判所 昭和59年(ワ)60号 判決 1984年11月28日

原告

津留義元

右訴訟代理人

増永忍

大村豊

坂本邦彦

被告

日新火災海上保険株式会社

右代表者

藤沢達郎

右訴訟代理人

西垣道夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告が保険業を営む会社であり、原告は被告との間で、昭和五六年六月一一日から昭和五七年六月一一日までを保険期間とし、その間本件自動車の運行に起因する事故が発生し、自損事故による両下肢の用を全廃した後遺障害がある場合後遺障害保険金一四〇〇万円、搭乗者が受傷し身体の著しい障害により終身自用を弁ずることができない後遺障害がある場合後遺障害保険金七〇〇万円を、被告の定める約款に基づいて支払う旨の保険契約を締結したことは当事者に争いがない。

二<証拠>を総合すれば、原告は昭和五七年一月二八日妻及び孫誠一郎(当時四才)らと阿蘇の熊牧場に行くため自宅の駐車場で本件自動車の運転席に乗り込み暖気運転をしていたところ、誠一郎が運転席のドアを叩いて乗車をせがんだので同人を助手席に乗せるべく、運転席のドアを開け、さらに、原告の右足を車外に出して着地させ誠一郎を抱えて助手席に乗せようとしたところ、地面が凍結していたため原告の右足が滑り、腰を横に捻つた状態となると同時に下半身に激痛が走り、腰椎を痛めて動けなくなり、妻及び近隣の者の助けを借りて車外に出ることができたが、その後激しい腰痛のため歩行ができなくなつたこと、そこで、原告は昭和五七年一月三〇日阿蘇郡長陽村にある立野病院の医師上村順一の診察を受けて、上村医師から椎間板ヘルニア(腰痛症)の診断を受け、昭和五七年二月一五日まで一七日間立野病院に入院し、さらに、熊本市の成尾整形外科病院に転院して昭和五七年二月一五日同病院の医師浦門操から馬尾神経圧迫型ヘルニア及び癒着性くも膜炎による両下肢麻痺の診断を受け、昭和五八年三月三一日まで四一〇日間成尾整形外科病院に入院し、その間昭和五七年二月一七日及び同年四月二日の二回にわたり手術を受ける等して治療を受けたが、両下肢の弛緩性麻痺の後遺症が残存し、他動的には可動域正常であるが両股関節以下自動運動不能であつて機能回復の見込みなく、昭和五七年八月二日熊本県から癒着性くも膜炎による両下肢機能全廃の後遺障害ありとして、身体障害者等級表の1級に該当する第一種身体障害者の認定を受け身体障害者手帳の交付を受けたこと、なお、原告は本件の受傷以前の昭和四三年に産交バスにバスの運転手として入社し昭和四四年に腰部を痛めて東外科で椎間板ヘルニアの診断を受けて入院治療をし、さらに昭和五四年夏ごろバスの運転手として勤務中待ち時間にバスのタイヤの点検のため腰をかがめたところ腰痛が発来して熊本市健軍町にある国武病院で椎間板ヘルニアの診断を受けて約半年間入院治療し、その後一年間自宅療養後昭和五六年一月バスの運転手として復帰し勤務していたこと等の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

三原告は、本件の受傷が、原告において本件自動車を運行の用に供し、正規の乗用車構造装置のある場所に搭乗中に発生したのであるから本件自動車の運行に起因して被つた傷害であり、被告は約款により原告の後遺障害に対応する保険金を支払うべきである旨主張するが、本件の受傷が被保険自動車である本件自動車の運行に起因する旨の主張及び立証がない。

そもそも、自動車の「運行」とは、自動車をその用途に従い使用するためその機構の各部を作動状態に置くことと解すべきところ、運行に起因する傷害は、運行を原因として傷害の結果が発生することを要する。

本件においては、前記事実によれば、原告は行楽のため本件自動車のエンジンを始動させ、エンジン部を暖めていたのであるから本件自動車を運行の用に供していたものというべきであるが、本件の受傷は、従前腰部を痛めて長期療養を余儀なくされたその腰部の既往症があるにも拘らず、助手席ドアを開いて助手席に乗せるべきであるのに運転席から右足だけを車外に出して着地させ、無理な体勢で四才の孫を抱きかかえ狭い運転席前面から助手席へ乗せようとして腰を異常に捻つた結果、再び腰部を痛めて受傷したのであつて、暖気運転のための運転席の着坐、エンジンの始動、運転席のドアの開閉等本件自動車を走行使用するため各部の機構を作動状態に置くことを原因として傷害の結果が発生したものとはいえず(運転席に着坐していたこと自体が原告の腰部を傷めたものでもない。)自動車の「運行」とはなんらかかわりのない原告の自傷行為によつて原告の腰部を再び傷める結果となつたことは明らかである。

四そうすると、その余の事実を判断するまでもなく原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(相良甲子彦)

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